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今年も沖縄祖国復帰記念日がやってきました。

昨年の沖縄復帰記念日は、ひとり寂しく祝いました。

今年は沖縄保守の沖縄祖国復帰43年記念大会に参加してきました。

あれから一年。

辺野古周辺のサヨクは全国から集まり、基金まで立ち上げ、ますます勢いをつけています。

くしくも同じ日に、那覇のセルラースタジアムで県民集会なるものを開催する予定のようです。

沖縄祖国復帰記念パレードの参加

負けてはいられません。

記念大会の前にパレードがあり、生まれて初めて参加しました。

パレードと言っていますが、要するにデモ行進でした。

シュプレヒコールもやりました。

まるで左翼じゃん。

まあ、いいかあ。

祖国復帰

 

日の丸を片手にした同士がたくさん集結してきました。

沖縄では少数派の良識ある人たち。

普段は肩身が狭い思いをしながら、行動している方たち。

とても心強いです。

沖縄祖国復帰

沖縄祖国復帰パレード

戦争を経験され、沖縄祖国復帰運動の先頭に立たれたというおばあの挨拶。

胸にジーンと来ました。

この人たちがいなかったら、沖縄は今も日本ではなかったわけです。

沖縄祖国復帰パレード

 

沖縄祖国復帰パレード

いよいよパレードが始まりました。

コースは普天間神宮から大会の会場である「JAおきなわ総合結婚式場ジュビランス」までの行進です。

途中に普天間基地の野嵩ゲートがあります。

野嵩ゲートはサヨクが米軍関係者に「ヤンキーゴーホーム」とヘイトスピーチを繰り返している有名なゲート。

この日は朝からフェイスクリーンのメンバーがフェンスの掃除を行った上に、サヨクはセルラースタジアムに繰り出しているからか、フェンスもキレイで人影もありませんでした。

沖縄祖国復帰パレード野嵩ゲート

 

パレードの途中で、多くの心ある県民の方が激励の手を振ったり、声をかけてくれたりして、すごく嬉しく目頭が熱くなる瞬間がありました。

真実をちゃんと理解している県民もたくさんいることがわかり、本当に嬉しく思いました。

パレードはあっという間に終了しましたが、人生初の体験は有意義な時間でした。

沖縄祖国復帰43周年記念大会がはじまる

パレードが終了し、お昼を済ませて、いよいよ沖縄祖国復帰記念大会の始まりです。

会場は結婚式場。

満席で500名ぐらいの人数でした。

沖縄祖国復帰

沖縄祖国復帰

正面には日の丸と沖縄の県旗が並んで掲示されています。

結婚式場での大会ですので、なんだか日本と沖縄県の結婚式のような雰囲気です。

この日初めて気がついたのですが、沖縄県旗はよく観察すると日の丸がモチーフで作られています。

日の丸の中に日の丸が組み込まれているんですね。

沖縄祖国復帰

まさに日本の中の沖縄を感じました。

記念式典は国会議員の先生から、同じ中国からの脅威を受けている小笠原の村長の話、元教員の話。

たいへん楽しく、感銘を受ける話ばかりでした。

正しい認識で歴史や世界情勢をとらえている人も多いのだと心強く感じました。

沖縄の祖国復帰は多くの沖縄県民が望み、運動を起こし、政府が動き、実現したと聞きました。

沖縄県民がまさに民意として日本復帰を望んだのであり、今になって独立を望むのが民意だと嘯くのはやめてほしいと思います。

戦争によって失った土地が、戦争によらずに返還された。

そんな人類史上他に類を見ない出来事が沖縄祖国復帰であるわけで、これは本当に誇るべきことだと思います。

歴史にイフは禁物ですが、もし、相手がアメリカではなく、旧ソ連や中国だったとしたら、いまだにわが沖縄はチベットやウイグルのように国を支配され、人権が民族が抑圧される現実が待っていたかと思うとゾッとします。

アメリカがその経済的な事情もあったでしょうが、大きな心で日本を独立させ、沖縄を復帰させたことを思えば、沖縄を惑わせている反米、反日の勢力は本当に「恩知らず」の不遜な連中だと談じざるを得ません。

マジで辺野古移設が頓挫し、米軍が撤退に追い込まれそうになる局面が訪れたら、日本やアメリカによる沖縄の再占領も視野に入れるべきではないかと私は思います。

そうでなければ、必ず中国人民軍により沖縄県民苦難の歴史が始まってしまうと思うからです。

ちなみにセルラースタジアムには3万5千人が集まったと発表されました。

セルラースタジアムの収容人数から言うとそんなに入るはずがないのですが・・・。

その上、そこには全国から労組や日教組、中核連などサヨク勢力が結集したようで、それは県民大会とは名ばかり、サヨクの全国大会であったようです。

その真実を報道しない、真の県民大会である沖縄祖国復帰記念大会はいっさい報道しない。

沖縄マスコミの偏向ぶりは相変わらず。

県民がミスリードされないように、私たちも真剣に情報発信をしていかなければならないと感じました。

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