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今日5月15日は沖縄の復帰記念日です。

私は沖縄で生まれて7歳の時に本土復帰の日を迎えました。

それまで沖縄はアメリカの施政下にありました。

その為、私はアメリカ生まれの日本育ちということになります。

沖縄ではドルを使い、車は右側通行でした。

幼心に記憶があるエピソードがいくつかあります。

ドルが突然使えなくなった!

ある日突然、それまで使っていたドル紙幣が使えなくなるとのことでした。

当時は、1ドルが360円の固定金利の時代でした。

ドルがかなり強かったわけです。

子供の頃、いつも1セント玉を持って駄菓子屋に行くと、結構な買い物ができました。沖縄復帰記念日

復帰の当日。ドルが突然使えなくなったと言われました。

代わりに握らされたのが1円玉。

私は1セント玉と同じ感覚で1円玉を握り締めて、意気揚々といつもの駄菓子屋さんへ行きました。

「おばあ、これとこれちょうだい~」といつもの駄菓子を手にして1円玉を差し出しました。

おばあ「ぼく、これでは足りないよ」

わたし「え~っ、なんで??」

おばあ「これは10円。これは5円。だから足りないよ。」

子供心にこれはショックでした。いつもの駄菓子がお金の形が代わっただけで買えないなんて・・・。

わたし「じゃあ、これで買えるものは?」

おばあ「ここには何もないねぇ」

わたし「がぁ~ん」

私は二重のショックでした。

なにも買えないなんて。

昨日まではいっぱい買えたのに・・・。

私は傷ついた幼心を引きずりながら帰路に着いたのでした。

復帰と同時に転勤引越し

沖縄県が本土に復帰すると同時に国家公務員であった父は福岡に転勤になりました。

もちろん家族全員で引越しです。

沖縄復帰記念日学期の途中での引越しでしたが、私は心残りというよりも新天地での生活にワクワクしていました。

それ以後、2013年に沖縄に戻るまでの41年間を私は本土で過ごしました。

その為、復帰後の沖縄の暮らしはわかりません。

たまに帰省する沖縄は異国の地でした。

米軍基地があり、アメリカの香りが漂う基地の街は憧れすら抱く存在でした。

しかしながら、沖縄は左傾化し、沖縄復帰の日は日本施政下に入ったことを後悔しているかのように振舞っています。

日本施政下に戻ったからこそ、インフラが整備され、莫大な補助金を手に出来、沖縄の発展につながっています。

 

沖縄復帰記念日。私が誇り高き日本人に正式になった日。沖縄復帰記念日

ひとり静かに喜びたいと思います。

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